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◆ 最近は、体と生活リズムが壊れてるところです。 (2012/09/23)
 
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情景を伝達する歌詞が書けない。
思い浮かんだ様々一枚絵をミクロに切り取って、その感触を、文章にしている感覚がある。
たぶん、父親の影響があると思う。
30代まで俳人だったらしく、「推理小説のような俳句」を書く人として、その界隈では有名だったと言う。

http://www.e-moe.net/~pripas/box/rengesui.mp3

蓮華水

命の花ぽとり
花弁が揺れて
僅かに一雫
甘く匂うよ
海辺に陽が沈んで
魚が泳ぐ
夜空に波の音が
遠く消えてく

月が浮かぶソーダ
一人飲み干して
静かに
眠れ
眠れ
心燃やして
砂時計はもう回らない
騒ぐ
騒ぐ
蓮華の渦に
飲まれて
進めよ



なので、憧れるのはやはり、「伝えるべくもない」歌詞である。
言語の選び方などは、例えば高校の頃おおいにハマった、ステッパーズストップのセンス(確か“たゆみ。”に詞があったと思う)に少なからず影響がある。

その他にも――




これとか。



何なんだろうね、これは。
ここまで外面的な連結を伴わない歌詞は、ちょっと、さすがに憧れるよ。
 
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前々から「金曜は絶対残業はしませんので、定刻ちょうどに帰りますので」と予告していた通り、18時5分にはタクシーに乗り込んでいた。以前POLYSICSファンブックでご一緒した不二ヨーデルさんと、札幌ベッシーホールのライブに行かなければならなかったのである。

開場は18時半。15分過ぎに到着するとすでに仲通りはいかにもそう言う感じに混んでいた。人ごみはわいわいと弾んでいて、その周囲をペンライトを持った整列スタッフが歩きまわる。チケットはヨーデルさんが持っていたから、連絡をとるべく携帯電話を取り出し、あたりを見回しながら少し歩くと――

なんか、目があった。

ヨーデルさんとメンと向かうのはこれでやっと2度目、しかも1年ぶりである。私の髪型は当時と大きく違っている。
なのに、なんか知らないが、目があって出会うことができた。ヨーデルさんは首にタオルを巻いており、POLYSICSの物販シャツを着用、完ッ全に「ポリのライブに来た人」だった。

対して私は、普通に仕事帰りだったというのもあるが、いつも着ているような歩く専用の普段着(ヨーデルさん曰く、職場はどこの民族ですか?)。そう、こう言うライブに来るのは久々なのだ。というか次に書くけれども、これだけキケンなライブとなるとまったく初めてなのである。慣れていないのだ。
ともあれ合言葉「今度は大将(さん)も呼ぼう」でチケットを受け取り、私は少し離れたところに並んだ。


ホールに入り、ヨーデルさんと再合流。「ようこそ、地獄へ」と始まり、キケンなライブで気をつけるべきことを教わる。

まず、後ろの客は、割と全力で押してくる。
開演時間が近づくに連れ、入り口の階段まで埋まるくらいのぎゅうぎゅう詰めになっていったのだが、いざ演奏が始まると、入口の階段を振り向いて見られないくらいのぎゅうぎゅうになる。開演10分前には人口密度とそれによる熱気で首筋に汗をかいていたのだが、まだまだみんな、間隔を保っている方なのだと言う。
次に教わったのは、片腕は最初から胸のあたりまで上げて保持しておくと良い、と言う事だ。
周りがぐいぐいと押しこんでくるから、一度手を降ろしてしまうと、二度と手を挙げられるチャンスはやってこないのだそうだ。
またこれは後で聞いたことだが、ベッシーホールの前列は、腰骨に気をつける必要があるらしい。


そう、何だか勢いで、前から4、5列目と言う好ポジションを確保してしまった。だがこれも、ライブ中にどうなるかは解らないようで、最後に私がヨーデルさんから受けたアドバイスは「終わる頃には互いの所在は解らないと思います」だった。


「そろそろ始まりますよ。(スモークを)焚き始めたから」とヨーデルさんが言って間もなく、ホール横の非常口からハヤシ、フミ、ヤノが登場し、「わあ」だか、「うう」だか、判らない歓声の中で演奏が始まった。なるほど、押された。

上半身に後ろの人の腕が押し付けられる。必然、私もヨーデルさんの背に寄りかかることになる。
せめて肩甲骨はやめておこうと、腕を縦にして背筋に当てるが、果たしてそれが何分持ったかは解らない。
最初のMCが始まる頃には、立っていようという意志がなくても、誰かが勝手に支えてくれるうえ、ついでに揺れの軌道修正までしてくれる状態になっていた。『喧嘩商売』の煉獄とは、きっとこんな感じなのだ。

トイス! (トイス!)

トイス! (トイス!)

トイス! (トイス!)

帰ってきたぜ、札幌ォ!

(わぁあああああ)

MCでは、玉置浩二の話とか、さだまさしの話とか、田中邦衛の話とかいろいろな事がテーマになっていたと思うが、よく覚えていない。ただ、ことあるたびにヤノに話題が振られていたと思う。
あとはヨーデルさんの、執拗なまでのヤノプッシュ。Twitterで定期ポストしていた甲斐と言えばいいのか、「まさしー!」のコールはMCの僅かなスキをついて会場を僅かに蠢かせた。

ニューミニアルバム『eee-P!!!』の曲も交えつつ、客席は、うねりに、うねって……

うねるんだよ。キケンなライブは。
客が押してくるから、自分も前の人を押さざるを得なくなる。
曲によっては、更に横揺れが加わる。もちろん、右に動けば左に戻りに行くから、結果として、前に、右に、後ろに、左に、ぐるりぐるりと回転運動を始めることになる。自分の意志じゃなくても、倒れることもできず、人間アナログスティックとして、うっかり下げてしまった腕を曲間のチャンスにもぞもぞと天井向けて伸ばしながら、必死で立ち位置を保つ。
ああ、今、自分はお洗濯されている。


「カッジャ、カッジャ、グー!」



後ろの人の腕の上げ下げで、自分のメガネが所在不明になりかける。
後ろの人の肩の動きで、自分の上げた腕が勝手にリズムに乗る。



メガネを無くさないよう、片手で抑える。
できるだけ後ろの手が当たらないよう、上を向く。
いや、ただでさえ前を向いている猶予など無いのだ。きっと、周りはみんな斜め上を向いていた。魚群の群れのようだとも思った。魚を釣るおもちゃの、あの、魚のようだと。

そのうち、方向ごとに均等でない揺れに呑まれて、いつのまにかヨーデルさんとははぐれていた。
私がいたX軸は右方向にうねりが強く、どんどん上手へ流されていった。

あとからヨーデルさんに聞くと、ニューミニアルバムの曲は5曲全て演奏していたらしい。3曲くらいしか覚えていなかった。
無理に押されてしばらく背伸びのまま反っていたから、腰骨は、淡く痛かった。
ともあれ、2時間近いライブが終わって――最初に発した言葉は「俺、2cmくらい身長縮んでねえかな」だった。
 
草むらで宇宙
http://www.e-moe.net/~pripas/box/ku.mp3

ボーカロイドで思い立って作った曲。2番まで完成したらニコニコにアップす――
いや、あの、歌詞募集したアレ、忘れてるわけじゃないんだけれども。ちとね。


・歌詞
青く爽らか 草のうた 今は見えぬ 過去の形 やがて枯れ行く 思いとて 仄かに薫る 記憶の底に 未だに燃ゆる 萌ゆるは叫び あけびが香るは 幼き時の 可憐にさまよう刻 何も解らずに迷うあの頃 いつか帰る記憶のドーム 爽らかに戦ぐ草のうた 聞こえてる
  

音楽ノートも整理してないなあ、一年くらい? 一年半くらい?
 
ファミコンやスーファミで、ジャズっぽい曲が鳴ると、異ッ常にカッコよく感じてしまう。



ダントツがこれで、もう、ホント、森彰彦さんは早死に過ぎです。
ミスティックアークなんて、オープニングの城が描画されるところと船に入る瞬間と闇の家と音楽でもう全部じゃないですか。


次に印象深いのがなぞぷよのルルー編ステージ3。
http://www.e-moe.net/~pripas/box/nazo.mp3
カッコええです。

アイスクライマーのボーナスパートも、ジャズっちいよね。完全にブルースだけど。
マイナーどころだと、みんなのたあ坊のみんななかよし大作戦のパズルBGMとか。

他には、ええと、ケムコの三大トンデモADVのひとつ、デジャブ(あと2つは悪魔の招待状とシャドウゲイト)のタイトル画面か。


そう、意外と少ない。
だけれど「ゲーム音」が突然ジャズを奏ではじめたら、ファミコン少年たちはテレビの前でそれなりにどびっくりしたし、印象に残っているのである。
なんか、カッチョいいぞ、と。
作家の方も狙っていただろう。「おめえ、ゲーム機からジャズ鳴っちゃうぞ? どうよ?」とは考えていただろう。

じゃあなぜ、ゲームBGMがジャズだったらカッコ良かったのだろうか。

単純にジャズはカッコいい。カッコいいが、それとは別に、ジャズと言うジャンルこそが「ゲームBGMが音楽として認められる切り口」だったからなんじゃないのだろうか。

オーケストラの曲や、ポップスをゲーム音源に落としこんでも、当時の感覚ではそんなにカッコよくならなかったように思う。いまみたいにファミコン風の音楽を「チップチューン」と呼んで面白がることなんか無かったし、ゲーム音楽はマトモな音楽と思われていなかったから、「原曲のほうが音いいんだから、所詮、ピコピコで聞いてもねえ」だったのだ。

そこで、ジャズが輝いたんじゃないだろうか。

もちろんジャズが無くとも、「ファミコン音楽」は独自のリズム体系、楽器編成、コード進行を身につけて1ジャンルになっていくのだが――ジャズは制限された音数と親和性が高かったのかもしれない。

さっきから「だろうか」が続いていることもあり、単なる思いつきなのだが、「ジャズっぽい曲」はスケールの進行や、和音構成の選び方、リズムで成り立っている面が、比較的強い。
オーケストラほどアコースティックの響きには縛られないし、ポップスほどミックスに左右されない。ドラムの音がリアルでなくても、寧ろドラムが無くても、ギターが無くても、ベース音一本あればジャズっぽい曲は作れる。代表例がマリオ3のボーナスパネルBGM。

冒頭の例はスーファミだから、あんまり音の制限の話には当てはまらないんだけれど、ゲーム音楽が「ゲーム音楽と言う先入観に邪魔されず曲を聞かせられる」ひとつの手段が、ジャズだったのかもしれない。
 
前に記事にしたオリジナルキャラ、童羅さん。
なぜかテーマ曲が付きました。

http://www.e-moe.net/~pripas/box/dohra.mp3
 
MIDIソフトからそのまま録音。ミックスなし。
ちょっと音量大きめ設定。
 

ベースと木琴を打ち込むのが好きなことに気がつきました。
 
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