まんだらけ札幌店に行った。
大判で、ページ数の多めな漫画本を何冊か買ったもので、レジ打ちの際には男性店員さんが、よいしょ、よいしょなどと言いながらバーコード読み取りと袋への詰め込みを行っていた。
そこで、
「重たい本ばかりで、申し訳ない」
と話しかけてしまったのが、運の尽きだった。
店員は、
「いえいえェ、読み応えのある本ばかりで、読書の秋にはうってつけでしょう」
などと人懐っこく返答し、更に聞いてもいないのに――
「まぁ、よいしょよいしょと、言いますのはね。昨日、思い立って腕立て伏せを夜通しやりまして」
「……それは、効いたでしょうねえ」
うっかり、応えてしまった。
「腹筋も200回ほどしましてね。それで、どうも……昔は軽々できたはずなんですが、どうも、ね」
「はぁ――」
ああ、
わかった、
解ったよ、言うよ。
「そちらは、運動の……秋でしたか」店員さんはにこりと笑って、
「まさにその通りで」
と答えた。
悔ッしい!!!
つまんねえッ!!!
こんな「うまいこと言った的な日常会話」に誘導され、組み込まれてしまうなんてッ!!!!
ああ、屈辱だ。
でも店員さん、あんたの人懐っこさは接客業にはもってこいだ、畜生。
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大通証明サービス。
大通駅の付近にある。
しかし、証明サービス。なんとも、「つまり、何してくれるところ?」なにおいがする。
頭の中にはストーリーが拡がる。
私は大通証明サービスのスタッフ。ここには日夜、人生の“証明”を求めた胡乱な客がやってくる――。
ほら、自動ドアがぐん、と音を立てて開いた。立っているのは、如何にも「人生に疲れました」って顔をした中年男性だ。頬は痩せこけ、何年も使い続けてきたのだろうカーキ色のコートは、すっかりくたびれてヨレヨレだ。
でも、その瞳には――まだやれる、まだ、やれるんだと、希望を求める貪欲さが見て取れる。決して胸を打つ輝きは無いけれど、火花をまき散らしてなお燻るねずみ花火のように、しぶとく現世にしがみついている。
「いらっしゃいませ。大通証明サービスへようこそ。今日のご用件は?」
何百回、何千回と繰り返した事務的なご挨拶だ。冷然を努めて発音するが、目の前の疲れ切った中年男性を前にして、口の端が上がるのをこらえきれない。
「――頼みます」
男は、細く、頼りない声を出す。
「頼みます、私の――」
ほら来た。
「私の、生きている証明を、ください」
カウンターの裏に置いているキャビネットを探るふりをしながら、私は心のなかで身悶える。
あはは。
陳腐なせりふじゃあ、ないか。
生きている証明だなんて。
でも、ヨレヨレ中年は、それを必死に、真摯に、求めているのだ。
おかしいったら、ありゃしない。
「承りました、お客様――」
しかし私はプロだ。せっかく来て頂いた顧客を、はっきりと、嘲笑うわけにはいかない。事務的で、或いは事務的すぎて冷徹ですらある、お固い受付係を演じて、私は次の文句を告げる。
「生きている証明、それは全ての人類に与えられるべき最低限、且つ最大限の権利です。でき得る限りお力になりましょう。まずは――」
ヨレヨレに向けて差し出すのは、“お手続きの前に”と書かれたA4の紙、たった一枚だ。
「こちらの用紙に、お客様の情報を書いて頂きます。もちろん、こちらに書かれた情報は当社が認定されたJISQ15001規格に基き、第三者に閲覧されることが無いよう厳重に保護されます」
ヨレヨレがフラフラと、油性ボールペンを手に取る。その間じゅう、私は彼を観察する。
さあ、この男に如何にして生きている証明を与えよう。
手段は、無限だ。
彼のペンを動かす手が止まった時。それが、私の仕事の始まりを告げるのだ。とか考えてしまうではないか。
何をやっているセンターなのだろう。
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札幌市内某ビルにて。
このようなサイトに来る読者の皆様であれば、特に注釈せずとも味わって頂けると思う。
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