音楽とは関係ない仕事のうえで、つい2日前に知り合ったばかりの人の話。
背は高く、ひょろりとしていて、顔にはなんだか覇気がなく、愛想笑いの出る様子もない。もちろんそれは俺が彼に持った第一印象であって、それが彼のごく自然なポーズなのだろう。
前職はプログラマーだったのかキーオペレーターだったのか、とにかくパソコンを前にしての入力ばかりで、特に接客だとか電話応対だとかをした経験はないらしく、会話してもどことなく宙ぶらりんな感じがあった。
ちょっと空き時間があったので、仕事経験の話をした。
良い具合に対話の温度も上がってきたので、店専属や、或いは営業でピアノを弾いてお金を貰った話や、作編曲や絵での同人活動の話をした。すると、彼はなぜか泣き出した。
す、すいませ――いや、俺も……漫画とか描いてたことがあって、それで――
そういう事やってる人だと思わなかったから、その、め、面食らって……
俺の友人にも、そうやってギターやってる奴がいて……ハンカチで目元を覆いながら、どんどん彼一人がヒートアップしていった。
言い方は悪いッスけどォ……何でそう言う道に進まないんですかぁ!
そう言うのってェ……退路絶たなきゃダメなんですよぉ!気の利いた返しが思いつかなかった。というか、
別に気を利かせる場面ではないなと思った。
この男――28歳らしいのだが、その――
大丈夫か!?あのね。
退路絶ったら、死ぬだろ。
退路があるから、できるんだよ。
て言うか、退路を断つなんて、原理的に出来ないんだよ。
子どもの悩みは、逃げ道の無い悩み。
大人の悩みは、逃げ道がありすぎる悩み。
退路絶たなきゃダメだなんて言ってるうちは、ガキだわ。
その後、お昼ごはんの時間を利用して彼はバックレた。
何だったんだ、あんたは。 PR