昨日はひどい一日だった。
朝からスーパーカブのユグさんがパンクしてしまい、通勤途中で立ち往生したのである。
パァン! と言う景気のいい音からまもなく、後輪のタイヤがぶるんぶるんと揺れ始める。曲がりなりにも札幌市内とは言え、そのとき通っていたのは郊外も郊外。ちょうどセイコーマート(北海道を代表するコンビニ)を左手に見つけたのは、まさに不幸中の幸いだった。
思えばこの日は、不幸中の幸いと、それを覆す不幸が交互に現出していた。
バイトの店員に一番近いタクシー会社を尋ねる。私自身コンビニでのバイト経験があるが、度々、買い物しすぎたおばちゃんにタクシーを呼ぶよう頼まれることがあった。周辺地図と最寄のタクシー会社は、コンビニ店員ならばすぐに用意できなければならない基本要項なのである。
用意してもらえなかったんだけどね。いや、変な注文をつけたのも悪かった。
その日はちょうど給料日当日で、手持ちの現金がなかったのだ。クレジットカードに対応したタクシー会社は――と聞いたために、店員さんに無駄な混乱を招いてしまったのである。
結局iPhoneで調べるとすぐに解った。2軒目にかけた営業所が、すぐ近くに車がつけていると言う。7、8分で着くと言うので、朝ごはんを買って待つことにした。
タクシーは、15分待っても来なかった。
ちょうど電車は出発し、すなわち遅刻が確定したから、会社に電話をかける。
つながる。
が、
キーボードをかたかたと叩く音しか聞こえない。
事務のおばちゃん、何やってますか?
後ほどかけ直すことにし、とりあえずはタクシーの催促の電話を入れる。
「すいません、あと信号2つで着きますので……」
申し訳なさそうな声が聞こえたので、出社時間を計算しながら待つ。
――タクシーが到着したのは、それから更に10分後だった。
駅までは2300円と、意外にかかった。
しかしながら運転手さんの尽力のおかげで、そうヒドい遅れにはならない時間に辿りつくことができた。手荷物をまとめ、定期券を確認する私の目の前で――運転手さんはクレジットカードと読み取り機を両手に、首を傾げていた。
「あれえ、取扱できませんって、出ますねえ……何回やっても、あれえ? おかしいな、あれえ……?」
運転手さん、
カードの上下が逆です。ホームの方面から、“ぽうっ”と、電車の警笛が聞こえた。
ゆったりと、諦めゆえに逆に心のゆとりを持って出社すると、果たして私の皆勤賞は守られていた。
どうやら事務が別シフトの人と出社時間を入れ替える処理をしてくれていたおかげで、遅刻扱いにはならずに済んだようなのだ。
しかし、業務上のイレギュラーには違いない。戒めとして、いつも以上に気を引き締めようと思ったらなんか暑くてボーッとして割と手を抜いてたんだけどそれでもどうにか仕事をこなすのであった。
ただ、どうもやはり落ち着かない。コンビニの前に愛車を放置しているのは、これはもう、不安以外の何者でもない。セイコーマートには昼休みの間に電話連絡を入れておくとして、如何にして持ち帰り、パンクを修繕したものかを考えなければならない。
真っ先に思いつくのは歩いて押して帰ることだが、まず駅からバイクのもとに行くのに、タクシーで2300円の道のりである。また、札幌市内に入れば知ったバイク屋もあるが、そこまでパンクしたユグさんを押していくとなると、全行程6時間はカタい。翌日(つまりこの日記を書いている今日)も予定が入っている状態では、現実的じゃないプランだった。
つらつら考えていると、ひらめきがあった。
以前泊村に行った時に、友人・大将のステップワゴンにユグさんを乗せてもらったじゃないか!
最近忙しいらしく空きのある時間帯は解らなかったが、せめて自宅まで運んでもらえれば、あとはどうとでもなる。何せ、カブは「自転車屋でも扱える」のが特徴のバイクだ。そこまで押して行くくらいなら、大した労力ではない。
早速、大将に連絡を取ると、しばらくしてメールが返ってきた。
『いま訳あって代車に乗ってるかr』
おおおおおおおおおおーーーーーーい!!さすがだぜ、相棒。このタイミングで代車って、漫画でも無ェよ。完璧頼ろうとしたこっちもこっちだけれど、それだけにタイミングがバッチリ過ぎるよ。
さて、これを受けて、どうしたかって。
何せこの日は、自身にとって不幸な偶然があっても、その中に幸いを見出した日だった。紆余曲折の末私は――
3150円でステップワゴンをレンタルしていた。半日契約である。それでも通常、ステップワゴンをレンタカーで借りるとおよそ15000円かかる。
ただ、9月はギリギリ北海道の行楽シーズンにあたる。
格安の軽自動車を予約しても、既に契約が決まっていて仕方なく上位クラスが配車されてしまうことがあるのだ。
つまり――そう言う事である。
ステップワゴンに、ユグさんの身体はちょうど良かった。
自宅から要らないマットを用意し、注意深く乗せた後、セイコーマートの店員さんに礼を言って退散した。
Twitterではこの後旅に出るようなことを言っていたが、結局それはしなかった。さっきも書いた通り翌日は用事があったし、って言うか、それがあったにしても無かったにしても
この車、翌朝8時に返さなきゃならねえんだよ!大体、借りるまでにも一波乱あった。本当なら18時にはレンタルできていた(写真の時刻は22持頃)し、それならちょっとばかりのドライブもできたのだ。それが、それが、
免許証を家に忘れていたのだ。そうだ、こればかりは話の流れのために白状する。
Twitterには“最後のいやな偶然は、「たまたまいつもと違うカバンだったから」。”と記したけれど、つまりこの日たまたま、いつもと違うカバンで家を出ていて、免許証はいつものカバンに入れっぱなしだったのだ。そう、
そう言う事だ! マジごめん! 気をつけます!
結局ドライブは、せいぜい「札幌市清田区を迷う旅」にしかならなかった。
翌日。
まんじりとせず深夜2時に寝た後、車を返すために6時半に起きる。
私は人一倍「8時間寝ないといけない人」だから、4時間半睡眠は寝起きがきつい。起きてしまえば頭はハッキリとしていたが、8時過ぎ、返車後の電車の中ではとうとう熟睡してしまった。
「乗り過ごさずに降りれたこと」が、この場合“不幸中の幸い”だろう。
10時頃に帰宅してからも、ひと仕事あった。肝心の、パンク修理である。
先述したとおり、カブは自転車屋でも扱えるのが特徴だ。となれば工賃は1500円くらいが妥当になると思い、白石区南郷通付近の自転車屋にかたっぱしから電話をかけた。
結果は、
こうだった。
30分、購入店の
イーグルモーターサイクルまで押して歩いた。
日差しが強い。バイクに乗って帰ることを見越して着た、長袖厚手のシャツが裏目に出た。汗が流れる。
工賃は? 2500円? へえ。
チューブがやられてたら+1000円くらい? まあ、そのくらいなら。
え?
タイヤの溝がほとんどゼロ?
ああ、教えてくれてどうもね。はいはい、3000円ね。タイヤ交換ね。いいよいいよ。
ん?
部品のベルトがボロボロ? ……
おいッ!!!!
一応書くけれど、イーグルモーターサイクルは悪くないです。寧ろ超優良店です。単に私のバイクの扱いと知識が悪いだけです。
でも、「カブがパンクした」。
そのたったひとつの出来事が、どうしてここまでもドラマと出費を生むんだろう。
免許証を取りに向かった行き帰りも、ドラマだった。
電車はいつだって1分だけ間に合わない。
どれだけ急いで走っても、力は不運に及ばない。
うなだれて改札を通る私の横を、女の子が身を捩らせ、するりと走り抜けていった。
不正乗車だ。
ピンク色のジャンパーが、ばたばたとなびいた。
イヤホンから漏れる音にも、混んだ車内でロングシートを2人分座る客にも、騒ぐ子どもたちを制しない親にも一言言う私だが、その子を叱る気にはならなかった。
どういう訳か、救われた気がした。
うまく行かなくて、つまらなくて、腹立たしい自分自身の展開の横を、すっとルール違反していく逞しさに、奮起せずにはいられなかった。
結局のところ、今日の用事自体はうまくいった。
ぶっちゃけ言って定期収入に関わる話だったが、祝うべき結果にはなったようだ。
やや変り種のリキュール『
フライド・エッグ』とジンジャーエールを買って、いまひとり、果たしてこの2日間、私は運命に勝てたのかどうか、考える。
――勝てては、いないな。
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