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◆ 最近は、体と生活リズムが壊れてるところです。 (2012/09/23)
 
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結構、ムカついているゲームである。



ゲームアーカイブスで購入した1997年製のアクションRPGなのだが、半分は面白さ、半分はツッコミ甲斐のあるダメダメさでできていると感じる。
いま現在、中盤の山はとっくに越したと思うところまで来たが、もし今後、中古やアーカイブスでこのゲームをやろうと思っている人がいたら知っておいて欲しいことを書きたいと思う。

始めに言っておくけれど、『アランドラ』、力作には間違いねえです。値段分はどうやっても楽しめる。


・ストーリー

良い。
ある宗教的背景により悪夢に苛まれているイノアの村の住人を、船の難破で流れ着いた少年・アランドラが救い、悪夢の原因の根幹に迫っていくというもの。
アランドラには他者の夢に入り込むと言う能力があり、その中で悪魔を倒せば、とりあえず救ったことになる。

しかし悪魔を倒しても道連れにされる、或いは悪夢の原因に挑もうとして、結構な数の村人が死ぬ。



『アランドラ』は名作としても知られており、好きな人は心に残ったゲームベスト3に入れちゃうくらい好きだったりするのだが、その一端に、この妥協なき人口減少がある。
情け容赦なし。
「俺、この仕事が終わったらアイツと海を見に行くんだ……」などと口走る身体を張った死亡フラグ氏に始まり、主人公の恩人だろうが、ちょっと壊滅的なドジっ子萌えキャラだろうが、更にその上行く萌えキャラだろうが、結構死ぬ。村の経済を担っていたはずの炭鉱夫なんかみんなまとめて序盤で死ぬ。

その死はそれぞれ、それなりに重苦しく描かれており、あくまで「娯楽で死んでるんじゃなくて、みんな何かしらの想いを背負って死に行き着いたんだよ」と言うコンセプトが見て取れる。

それはRPGとしてのシステムにも関わっており、例えば武器職人は村人の誰かが死ぬたびに「その魂に追い立てられて」武器を作り、アランドラに手渡す。
レベルの概念が無いので、アランドラが強くなるにはプレイヤーの腕が上がるか、村人の誰かが死ぬかの二つしかない。
ゲームで死や、それにまつわる想いを扱うに当たって、とても画期的な表現をしていると言える。

ただ、悲劇は演出を失敗するとお笑いになる。

大体、セリフ回しがベタなのだ。古いRPGの特徴として「思っていることを素直にしゃべりすぎ」と言うのがあるが、あれは若年層にも解りやすくすると共に、ひとつのゲームのデータ容量が少なかったために、回りくどい言い回しを収納できなかったと言う原因がある。
PSの時代まで来て、それをも踏襲する必要は無かったはずだ。

ある村人は、自分自身が作り出した空想上の夢魔に苛まれていた。
夢に進入したアランドラによって夢魔は消え去るのだが、その後起き上がるなり――
「彼女は、現実の女性を愛せなかった僕が作り出した想像上の存在です」
ただでさえ小さな村の、よく知った面々に囲まれての大告白である。ちょっとそれは、男前過ぎやしないか? 更に続けて、
「彼女は僕が将来愛するだろう女性を道連れにすると言っていました。あれはナーシアのことかもしれない」
またも大告白。修学旅行の夜だってもう少し遠慮するよ。と思っていたら突然入室する別の村人。
「その通りでした。ナーシアは永遠の眠りにつきました……」

悲劇のテンポが良すぎる。リズミカル過ぎる。
大体、この男とナーシア、今までいっさい絡んでないじゃん、いや、そりゃ現実の女性を愛せなかったゆえなんだけれども。いずれにしても唐突である。

あとは、ひどいお使いゲーであると言う欠点もある。
村人がまたも悪夢に倒れて、その他の住人が村から離れた祭壇にお祈りにいっている。そこまでは良い。
問題は命からがら悪魔を倒して夢から戻ってくるなり、
「ああ、良かった良かった。ところで祈りにいった村人に、帰ってくるよう伝えに行ってきてはくれないか?」
大馬鹿野郎か、テメエは。
せっかく武器職人がいるのに、こいつら祈るか人に頼るかしかできない。滅びても問題ない村なんじゃねえの? と言う思いを抱かせる。

更に、しぶしぶ祭壇に行ったら行ったで、今度はこう言われる。
「ところで、奥の壁がひび割れていて壊せそうだけど、危ないからやってはいけないよ」
……馬鹿にしているのか?




さて、シナリオだけでやたらと盛り上がってしまったが、私が本当にムカついているのはダンジョンである。

『アランドラ』は謎解きとパズルアクションがキモであり、且つそれらが高難度ゲームとして敬遠される由来だ、とされている。
なので、このゲームを好きな人の前で「アランドラはクソゲーだ」とうっかり言うと、「いや、それはお前がヘタなだけだから」と脊髄で返される土壌ができてしまっている。

だが、実際プレイヤーの腕によってこのゲームがクソゲーになっているわけではない。関わっているのは、プレイヤーの根気であり、このゲームにはその根気を砕く……と言うよりも、煙に巻いてくずかごに捨ててしまうような仕掛けが多いのだ。

例えば上記の写真……
いや、既に長い記事になってしまったので、また今度にしたい。

とりあえず確実に言えるのは、このゲームをRPGだと思ってプレイしてはいけないと言うことだ。寧ろ、RPG要素は「よくしゃべること」だけと思っていい。このゲームは、謎解き付きの擬似3Dアクションゲームである。
 
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